金沢の観光情報。坂道のある街(1):生薬・漢方薬の通信販売

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●坂道のある街、金沢(1)

金沢観光坂道1234567用水123456土塀123
混元丹飴 前田利家公飴

坂道のある街、金沢

金沢は用水と坂の街である。台地の上と下に形成されたせいで、往来するのにはどうしても坂道を登り降りしなければならない。
用水は犀川、浅野川を取水口にして生活用水、農業用水、産業用水を目的として築造され、戦略上や火災の際の防火用水にも利用された。この用水が今となっては金沢の魅力となっているが、豊かな市民生活を作りあげるには坂道や用水をどのようにすべきか真剣に議論もすべきだろう。
坂の町というイメージからは尾道、小樽、神戸などを想いうかべる。そこには大概、文学や映画に取り上げられているからその情景が瞼に浮かぶ。実は金沢も坂の町なのである。金沢を小京都などという人がいるがそれは当たっていない、城下町都市である。
金沢の城下はもともとは戦国の武将佐久間盛政が小立野台地の先端部に築いた山城の一種で平山城だろう。戦略上と町の中心を意識して築きあげられたものと思われる。城の主は代わり、前田利家が入城してからは前田家の城下町として作られていくわけである。もともとが台地に作られた町だから、上と下を往来しなければならず坂が多い。
それと戦略上の目的が絡みあって、まっすぐの坂は少なくたいがいは曲がりくねっている。建築物を建てるという点からすると、がけ崩れなどの恐れもありいささか不安定のそしりを免れないが、にもかかわらずそこに住居を構えるのは地価が安いのか、情緒的な感情の持ち主なのかそれは知らない。
薬、漢方薬、薬草を探して歩いたわけではない。ましてや精力剤などあろうはずもない、文学散歩といってもいいかもしれない。「金沢の坂道」をまとめるのは大変だったが楽しかった。
中野重治は「歌のわかれ」のなかで金沢の印象を次のように記している。
「犀川と浅野川という二つの川がほとんど平行に流れていて、ふたつの川の両方の外側にそれぞれ丘があり、街全体は、ふたつの川と三つの丘にまたがってぼんやりと眠っている態であった。そうして、街の東西南北にたくさんのお寺がかたまっていて、町の名にも寺町とか古寺町というのがあった」
中野の師は室生犀星である。
「用水,土塀,芸能の町」はこちらからも行けます
「土塀の残る街・金沢」はこちらからも行けます

「八坂」

石引三丁目で旧国立金沢病院の横にある坂でこの坂を下りて右に折れると静寂が流れる佇まいの街である。隠れ家としては絶好の場所だ。しかし、車でいくのは大変だな。兼六園のすぐ近くだからわかりやすい。
「金沢という町は片口安吉にとって一種不可思議な町だった・・・・・町の中央に名高い兼六公園という公園があり・・・それにつづいて練兵場と衛戍病院とがあり、衛戍病院のわきの急な坂をおりて行くとほとんど山のなかへはいったような谷間の細道になり、この細道の両側はいろいろな宗派のお寺が軒つづきになっていた。」
(中野重治「歌の別れ」)

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「広坂」

新しくできた金沢市立美術館から兼六園に沿って昇っていくと右に折れ、しばらく歩くと県立美術館が右手に見える。いずれも莫大な資金を投下して建築しただろうに、年に一回も出向くことはない。この美術館の隣に旧軍の施設を改造した「広坂休憩館」があるが、ここは穴場だ。一時間休憩していてもただの一人も来ない。ここは落ち着く、今では金沢では一番の休憩所だろう。

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「馬坂」

現在の地名の天神町から宝町へ上る坂である。坂の途中に馬坂不動があり清水が湧出しているというが、何となく汚らしくてその場所を避けて写真をうつした。この坂の由来は低地の田井村の農民が小立野台地へ草刈りに行く為に、馬を引いて登ったのでこの名がある。当時小立野は草や木の生い茂る雑木林だった。この急坂の途中にも家は建っていた。

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「木曽坂」

今の番地では東兼六町である。賢坂辻の交差点を右折し、しばらく進むと木曽坂の入り口がある。そこを右折しゆっくりと曲がりくねった道を旧百々女木町に向かって歩いていくと鬱蒼とした木曽山中の趣がある。それで木曽坂の名がある。途中のそれた新しい道には標柱が立っていてそこから上が木曽坂かと思ったら、そこは宝円寺につながる道で「みどり坂」だという。

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「天神坂」

天神町にある椿原天満宮から旧金沢大学薬学部の薬草園にいたる坂道である。かっては車の往来が激しくおちおち歩いておれないような坂道だったが、近年は近くに新都市計画道路ができてからは幾分は昔の面影を取り戻した。菅原道真公を祭る神社の横の道だから天神坂と呼ばれる。

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「尻垂坂 (しりたりざか) 」

兼六園下から旧石引三丁目の国立病院へ通じる道で、左へカーブしながら右へ折れて更に左へ曲がるという兼六園の石垣沿いの坂である。この石垣から水がたえずしみ出て、しったるい (水がかかってくる)ので「尻垂坂」の名がついたという。現在は広く拡張されているが、藩政時代は二間前後の狭い道筋だったろう。坂の中途にばろんという喫茶店がある。ここで一服か。

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「小尻谷坂 (こじりたにざか) 」

小将町にある金沢大学付属養護学校を左に見ながらこの坂を登って行くと、坂道として修景されてはいるが生活臭がして1950年代の金沢を想いだす。登り口は尻垂坂につながっている。その尻垂坂より小さい坂だから小尻谷坂だという。そういえば、坂道の土手から水が染み出ているから名づけられた名前だから、これで合っているのかもしれない。

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