用水、土塀、芸能の町、金沢(7)・寺津用水
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用水、土塀、芸能の町・金沢 (7)
寺津用水
寺津用水は1646年(正保3年)頃、田中角兵衛という浪人が藩に言上して開削され、その約20年後の1664年(寛文4年)に改作奉行の指揮の下に工事が進められ翌年に完成されたといわれる。
辰巳用水が1632年に完成し、主としては藩主達や城内の生活用水に利用されていたとはいえ余剰水は周辺部の末、涌波、笠舞地方の農地や荒地の灌漑に利用されているのを見るにつけ、山手の上辰巳、下辰巳、末、土清水の住人達は何とかして自分達のほうにも用水をという強い陳情があったようである。しかし、山裾を迂回するように用水工事をするとしても開墾できる田畑はそんなに多くはない。107haという耕地面積の確保だけで、辰巳用水の隧道以上の長さがあり、山裾の困難な岩盤を掘り抜いて全工程の6割までが隧道部にしなければならないという設計を知るにつけ、そこまでして作る必要性に疑問を投げかける藩上層部の意見もあり、検討を重ねたり、棚上げにしたりで20年の歳月が流れた。
この間に天候の異変により辰巳用水の取水に困難な時期があったのか、辰巳用水のバイバス路線として寺津用水は急浮上していくことになる。
事実、末町近辺では辰巳用水までの距離は直線で300メートル位しかない。しかも、寺津用水は上手にあり、容易に下手へ水を流すことができるという地理上の利点がある。
末町から上辰巳を通りすぎ、さらに遡ると寺津の集落がある。これをすぎて犀川ダムへ向かう途中に上寺津発電所がある。この市営の発電所ができたのは1966年(昭和41年)である。
寺津用水は金沢市民に上水道を供給するという重大な一面も持っている。
・上寺津逆調整池ダムが作られているが、この崖下に寺津用水の取水口がある。この寺津用水のほかに上辰巳発電所兼末浄水場の水道取水口
も設計されている。
・上寺津発電所が遠望できる。
・末町からさらに遡ると寺津の集落がある、山間の静かな谷間に集落はひっそりと佇んでいた。
・上辰巳の山手にある鷹の巣トンネル。
・鷹の巣トンネルを抜けたところで、崖地にニホンカモシカの家族ずれを見かけてシャッターを切ったが望遠レンズでなかったのと、カモシカの
保護色のため見ずらい。このあたりは上辰巳の集落に近い。
・寺津用水は金沢市民の飲料水に利用されていることもあって殆どは暗渠となって末浄水場へ向かってながれてゆく。
・上辰巳町にある寺津用水の覗きである。寺津用水の音は聞こえるが、流れをみることはできない。
山際に日が昇り夜が明けてきた。左下部に流れているのは寺津用水である。
・金沢市の末浄水場へ大量の水を供給する寺津用水。
・金沢市末浄水場である。
・末浄水場を通過すると流量も少なくなり、山沿いを縫うように走り北鉄東部車庫の上手へ向かって流れてゆく。
・水道橋を流れる寺津用水。犀生中学校の手前に架かっている。
・北陸鉄道東部車庫前を流れる寺津用水。このあたりから用水の散策路は整備されている。
・これは親水空間として整備されている場所である。
・永安寺付近には寺津用水という支柱が立っている。この支柱の向こう側が用水である。
・永安寺の駐車場横を流れる寺津用水。寺津用水を利用した植物実験栽培場などもあり、そこを通りすぎ城東体育館横前を通過し
幾筋かに分かれながら、近くのリンゴ園、畑作地に利用されながら流れてゆく。
・寺津用水を利用した調整池である。増水したときや防火用水としても利用される可能性がある。
・用水路の傍にある土清水八幡神社。
・土清水一帯を潤した用水は一路浅野側へ向かってながれてゆく。
・朝靄のなかを滔滔と流れるのは浅野川である。この川は中流域になると金沢の市街地を通過し、周辺に泉鏡花や徳田秋声を生み出した天神橋、
梅の橋、浅野川大橋へと繋がっている。
・浅野川に流れ着いた寺津用水の出口である。
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